◆経営学プログラム
井関俊介「ファミリー企業において社会的情緒資産が人的資本を通じて業績に与える影響」
【要旨】
本研究の目的は、日本のファミリー企業において社会的情緒資産が資源ベース理論において人的資本を通し業績にどのような影響を与えるかを明らかにするものである。
創業一族で同族経営をするファミリー企業についての研究の歴史はまだ浅い。エージェンシー理論、スチュワードシップ理論、社会的情緒資産理論、資源ベース理論と主要理論は先行研究で纏められているが、まだ実証研究は非常に少ない。
本研究テーマの主要理論である社会的情緒資産とは創業一族がファミリー企業の維持・発展を目指す為に経営について経済的合理性より非財務効用を追求すると定義づけられている。つまり通常のサラリーマン役員より長期的なビジョンにより企業を経営していくというものある。また資源ベース理論は、そのファミリー企業において長年蓄積された、様々な暗黙知やノウハウである。本研究においてその内人的資本について取り上げる。
奥村(2015)はあくまでも社会的情緒資産についてファミリー企業がどのような思考により意思決定を行ったかについては説明可能であるが、なぜファミリー企業が成功・失敗するかには答えられないと指摘している。つまり先行研究において社会的情緒資産が資源ベース理論に与える影響は明確でなく、実際どの程度競争優位が図れているか判明していないのが現状である。そこで本研究では両理論についての関係性、影響について検証をする。
検証方法は国内企業のファミリー企業の経営者を対象に、FastAsk(インターネットアンケートサイト)から質問紙調査を実施する。社会的情緒資産の質問項目によりファミリー企業の確認及びファミリー性について質問し、その回答結果がその後の資源ベース理論の質問項目であるリーダーシップ(配慮、支援、業務外の関心)、モチベーション、組織コミットメント(責任感、会社への愛)にどのような影響を与えるかを検証した。またその関係性が業績である売上高利益率に対し正の有意の関係にあるか検証した。
重回帰分析の結果、社会的情緒資産因子は責任感(会社への愛、責任感)に対し正の有意な関係にあった。一方でモチベーション、リーダーシップ(支援)について関係性は、緩やかにしか成り立っていないといえる。またリーダーシップ(配慮、業務外の関心)については正の有意な関係は見られなかった。また、人的資本の業績への影響だがリーダーシップ(配慮、業務外の関心)に対し正の有意な関係にあった。またモチベーション、コミットメント(会社への愛、責任感)、リーダーシップ(支援、配慮)については正の有意な関係は見られなかった。以上より、社会的情緒資産⇒人的資本⇒売上高利益率という正の有意な関係は見られなかった。
本研究の考察としてファミリー企業における2代目以降の代表が人的資本として何を大事にしないといけないかを明確にした。ファミリー企業を家族経営という観点で見たときに社会的情緒資産は『家族と経営の一体感』、『同族経営への家族』の両方ともモチベーションへの影響は与えなかった。つまり代表者自身がマインドを高めるだけでは同族経営にとって足りない事を実証した。一方で『家族と経営の一体感』であればコミットメント、『同族経営への家族』であれば周囲へのリーダーシップと、社会的情緒資産の何を大事にするかによって代表者に求められてくることが変わるという事が考えられる。
外山裕太「地方公務員の余暇活動が本業に与える影響-個人が有するソーシャル・キャピタルとジョブ・クラフティングの関係性-」
【要旨】
地方公務員は、「ガラス鉢の中の金魚」(Cupaivolo & Dowling, 1983)と呼ばれるように、地域の中においても地元住民からの視線に晒されている。彼らは余暇生活の中にも本業が埋め込まれているとともに、組織の人事部門からも本業外の時間に地域に入って地縁的な活動やボランティア活動などを行うことに対しての高い期待がある(稲継, 2011)。急激な変化が起こる社会背景の中で、地方公務員に求められる将来像は、地域の本質的なニーズをくみ取りながら、主体的に業務を実態に即したものにリデザインする積極的な態度である。
これを踏まえ、本研究ではWrzesniewski & Dutton(2001)が提唱したジョブ・クラフティング(以下、JC)概念を用いて地方公務員の余暇活動が及ぼす本業への影響について検討する。JCは、「個人が仕事や仕事の関係の境界で行う身体的および認知的な変化」という定義がされ、従業員自身が主体的に仕事に対する態度を変化させていく行為である。Weseler and Niessen(2016)はJCを、タスク境界の拡張と縮小、関係性境界の拡張と縮小、認知的な境界の変化という5次元の尺度で捉えている。
余暇活動については、趣味や地縁的な活動、ボランティア活動等をソーシャル・キャピタル(以下、SC)の視点で捉え、SCとJC、および仕事の意味(MoW)との関係性について分析した。具体的には、重回帰分析によってソーシャル・キャピタルがJCに与える影響とMoWの媒介効果を測定するとともに、クラスタ分析によって余暇活動の傾向を分類した。
重回帰分析の結果からは、SCにはタスクや関係性、仕事の認知を拡張させるようなJCに対して、MoWを媒介して有意な正の影響があることが判明した。また、クラスタ分析からは、余暇活動の仕方が、「地縁活動型」、「趣味重視型」、「アクティブ交流型」、「SC非形成型」の4つに分類できることに加え、それぞれが実施するJCが異なる傾向となることが分かった。特にこの違いは、関係性次元と認知的次元において顕著であった。
本研究の貢献の一つは、Wrzesniewski & Dutton(2001)が提起した、JCがMoWへ影響して更なるJCを導くことを想定するフィードバック・サイクルを支持する結果が得られた点である。また、先行研究ではあまり検討されてこなかった、拡張的JCと縮小的JCとの性質の差異が観察された点も貢献と考えられる。