佐藤伊織「行政組織における組織成員の個人特性と職場特性がプロアクティブ行動に与える影響―認知・動機づけ要因による媒介効果―」
【要旨】
本研究の目的は、行政組織の中における組織成員の個人特性と職場特性が認知・動機づけ要因のメカニズムを介してプロアクティブ行動に与える影響を明らかにすることである。近年、我が国では複雑な社会経済環境の中、行政課題の多様化、複雑化および高度化が進んでいる。このような環境下においては、組織成員が組織で起こりうる状況を可能な限り予測し、事前に計画を立て、積極的に変化を生み出すようなプロアクティブ行動は行政組織、職場単位の組織はもとより組織成員にとっても重要なものとなる。
しかしながら、先行研究では日本における行政組織を対象にした研究については、公式の制度に関する研究や給与・昇進に関する研究に傾斜し、公務員の動機づけを含めた心理学的なミクロレベルの研究は十分実践されてこなかったとされている。また、プロアクティブ行動が喚起される先行要因の特定やプロアクティブ行動を促進するメカニズムの検証を行っている先行研究は少なくはないが、これらを通じて様々な要因が検討されているにもかかわらず、人々がいつ、なぜ、このような異なる形で積極的に取り組むのかについては、ほとんどわかっていないという指摘もある。
そこで、本研究ではプロアクティブ行動につながるメカニズムを明確にしたモデルとされているParker et al.(2006)のモデルを参考に、行政組織における組織成員のプロアクティブ行動がなぜ起こるのか、そして、どのようにして動機づけられるのかといったメカニズムについて関東地方在住の地方公務員362名を対象に定量調査を行い、重回帰分析を行った。具体的には、リサーチ・クエスチョンを「行政組織の成員の個人特性や職場環境特性が、認知・動機づけの要因を介して、プロアクティブ行動に対してどのように影響するのか」と設定した上で、行政組織特有の個人特性および職場特性が認知・動機づけ要因である「役割幅の自己効力感」と「柔軟な役割志向」を介してプロアクティブ行動の一つである「テイキングチャージ」に与える影響について仮説を8つ導出した。この結果、役割幅の自己効力感がテイキングチャージに有意な正の影響を与えることを確認し、仮説を支持する結果となった。また、Parker et al.(2006)のモデルにおける概念および行政組織特有の職場特性の一つとして仮説を設定した職務自律性はテイキングチャージに有意な正の影響を与え、役割幅の自己効力感が職務自律性とテイキングチャージの関係を部分媒介することについて正の有意な関係性を確認できたことから仮説を支持する結果となった。さらに、行政組織特有の職場特性の一つとして仮説を設定した目標の明確性については、役割幅の自己効力感が目標の明確性とテイキングチャージの関係を完全媒介することについて確認できたことから仮説を支持する結果となった。
本研究における理論的意義については、3点挙げることができる。第一に、Parker et al.(2006)で示されたプロアクティブ行動の動機づけメカニズムに関するモデルを日本における行政組織に所属する組織成員のデータを用いて検証を試み、Parker et al.(2006)のモデルが行政組織にも応用できる可能性を示唆した点である。第二に、PSMがテイキングチャージおよび役割幅の自己効力感と正の影響や関係性があるといった仮説を支持する結果とはならなかったが、PSM研究の蓄積が薄いとされている日本において、PSMの理解を深めるといった点で一定の貢献をもたらすものである。第三に、日本の行政組織における職務自律性がテイキングチャージに対して有意な正の影響を与えること、役割幅の自己効力感が職務自律性とテイキングチャージの関係を部分媒介することおよび役割幅の自己効力感が目標の明確性とテイキングチャージの関係を完全媒介することを明らかにした点で、プロアクティブ行動に関する先行要因のメカニズムに関する理解を深めるといった点で一定の貢献をもたらすものである。
実践的示唆としては、2点挙げることができる。第一に組織成員が行政組織における様々な業務を経験していくその時々で「できる」という自己効力感を積み重ねていくために、組織側はこの「できる」という自己効力感を認知させるための支援を工夫することが必要であるという視点を提供した点である。これらの「できる」を認知していることによってプロアクティブ行動が喚起される可能性がある。第二に、職務自律性や目標の明確性といった行政組織における職場特性に関して、職務設計の工夫や職場単位での計量的な目標の設定といった職場特性を考慮することによって、定められた技術的中核を超えた積極的、対人的、統合的な活動を遂行する能力があると認識させることを通じてプロアクティブ行動が喚起される可能性を提供した点である。
重信宏太「行政組織における回避的ジョブ・クラフティング実施者のワーク・エンゲイジメントを維持するリーダーシップ」
【要旨】
本研究は、環境の変化が著しく大きい現代社会において、その環境の変化の影響を受ける中、十分な体制が整っていなくても高い要求度の業務を遂行しなければならない公務員のワーク・エンゲイジメント(以下、「WE」という。)を維持する要因を明らかにすることを目的とした研究である。本研究ではこの目的を達成するために、ジョブ・クラフティング「以下、「JC」という。」とオーセンティック・リーダーシップ「以下、「AL」という。」の2つの概念に着目する。
JCとは、個人が自らの仕事のタスク境界もしくは関係的境界においてなす物理的・認知的変化と定義され、従業員自身が自律的に職務を見直し、能動的に自らのモチベーションを高め、仕事に意義を見出す行動として、現在着目されている概念である。先行研究では、仕事の要求度と資源の多寡を個人が自律的に調整することで、JC実施者の健康障害の防除やポジティブな動機づけが行われることが理論的に期待されていた。しかしJC研究が進むと、資源が少なく要求度が高いアンバランスな状況を調整する「妨害的な仕事の要求度を低減する」といった回避JCと定義されるJCは、理論的に期待されていた健康障害を防除する効果がなく、むしろ、WEを低減させることが明らかになった。回避JCは、上司や同僚から破壊的な行動であり、生産的な行動ではないと認識される傾向が強いことから、回避JC実施者のWEが毀損されることがわかったのである。一方で、変化の多い現代においては、慣習に従い今ある要求に応えるだけではなく、慣習を捨て去る判断も個人自身や組織を守るために必要となることから、回避的JC全てが否定されるべき行動ではない。特に現代においては、常に万全な体制で安定し余裕のある組織は少なく、変化にさらされ劣勢にある中でも高いパフォーマンスを求められることは多い。本研究は、回避JCに認知の次元を加えた予防志向JCという概念を用いるという先行研究では行われていない着眼点で、予防志向JC実施者のWEを維持する要因を探索するものである。
ALとは、本来目標達成のために高い道徳観と倫理観を持ち、フォロワーや環境との間に、自己の変革を含めた相互作用的な変革を及ぼすリーダーシップ概念である。本研究では、ALがフォロワーに及ぼす影響を社会的認知理論の枠組みで捉え、ロールモデルを示し、組織の道徳的基準を創出し集団的支持を与えるといった社会的影響を及ぼすことで、回避的JC実施者のWEが維持されると予測し、調査を行った。
具体的な仮説としては、「促進志向JCはWEに正の影響を及ぼす(仮説1a)」、「予防志向JCはWEに負の影響を及ぼす(仮説1b)」、「予防志向JCとWEの負の関係は、促進志向JCが高い場合、促進志向JCが低い場合に比して弱まる(仮説2)」、「予防志向JCとWEの負の関係は、ALが高い場合、ALが低い場合に比して弱まる(仮説3)」という4つを設定した。
上記の仮説を明らかにするために、本研究では関東に在住する行政組織に勤務する公務員を対象に、webアンケート調査を実施した。結果、仮説1、仮説3は支持され、仮説2は支持傾向という結果を得た。このことから、回避的JCがWEに負の影響を与えるという先行研究の知見を頑健なものとし、予防志向JC実施者のWEを維持する要因として、予防志向JCと共起されうる促進志向JCの度合いと、上司のALの度合いが影響していることが明らかとなった。
本研究は、変化にさらされ奮闘している職員を守るために、回避的JC実施者のWEを維持しようする着眼点で行われた、数少ない研究である。また、日本においてALという概念を定量的に用いた数少ない研究でもある。この2つの点において、仮説が支持されたことからも、理論的な意義は大きい。一方で、本研究ではJCに認知の次元を加えて測定を行ったが、次元ごとに明確な弁別を図ることができず、認知次元のJCを尺度として構成できなかった。認知的JCは他のJC戦略と異なり直接的に認知に働きかけるJCであり、仕事に対する認知に関する、より強い能動性を従業員に認めていることが指摘されている。今後の研究では、認知の次元を正確に測定し、JCの様々な戦略ごとに分析を行うことで、より詳細なメカニズムに迫ることができると考えられる。
また本研究は、実践に即した研究である。モチベーションが向上するような理想的な職務特性が維持され、資源に富み、常に安定した職務環境などは、存在しない。常に変化にさらされ、体制が整っていなくても奮闘せざるを得ない職務環境に従事している職員が多い。本研究は、そのような職員のWEを維持する要因として、ALの効果を明らかにした。組織はALの開発を行うことで、従業員個人を守り、組織の発展に繋げることができると示唆される。
西澤裕「チームバーチャリティが地方自治体職員に与える影響:キャリア満足度及びネットワーキング行動への着目」
【要旨】
本研究の目的は、チームバーチャリティが従業員同士の交流や、キャリア満足に与える影響を明らかにすることである。近年、我が国では、雇用慣行の変化などにより、従業員個人が自分自身のキャリアを主体的に管理することが必要とされている。また、一方で、柔軟な働き方の浸透や、COVID-19によるパンデミックを契機として、テレワークが浸透しつつある。これまでのテレワーク研究は、地理的な分散を前提として、テレワークか否かの対立的な二分法として研究が主流であったが、その研究の限界も主張され始めており、バーチャルワークという概念を用いた研究が増えている。本研究では、バーチャルワークの定義を「バーチャルチーム上で主な情報共有やコミュニケーションを行う働き方」とし、その程度を捉える概念であるチームバーチャリティに焦点をあてる。バーチャルワークの浸透によりコミュニケーションスタイルが大きく変化する中、組織内外のメンバーとの交流や結びつき、また、組織で働く人のキャリアの意識への影響に関するメカニズムを解明する意義は大きいが、研究蓄積は十分ではない。また、近年では、業務の複雑性・不確実性が高まり、少数精鋭での組織運営が求められている地方自治体組織において、キャリア満足を高めることが重要視されている。さらに、近年では地方自治体においてもバーチャルな働き方が浸透しつつあり、研究蓄積が期待される領域である。これらの背景を踏まえ、本研究の調査対象を地方自治体職員として、分析を行う。
本研究では、リサーチ・クエスチョンを「チームバーチャリティは、キャリア満足度にどのようなメカニズムで影響を与えるか」と設定し、定量的な分析を行う。調査対象は、地方自治体に勤務する公務員とし、インターネット調査により323名から収集した回答データを分析した。分析で扱う変数は、独立変数をチームバーチャリティ、従属変数をキャリア満足度、媒介変数をネットワーキング行動とした。なお、本研究における調査対象は地方自治体職員であるため、組織内のルールの制約の程度や、従業員によるルールの解釈が変数に影響を与えることが想定される。このような組織のルールや規則が組織、従業員へ与える影響について着目した概念が、レッドテープである。さらに近年では、レッドテープ研究を進展させ、ルールの属性、効果性にも焦点をあてた概念としてグリーンテープが注目されている。レッドテープは主にルールの否定的側面、グリーンテープはルールの属性ごとの肯定的側面に焦点をあてたものである。独立変数、従属変数、媒介変数の関係をさらに詳しく捉えるために、レッドテープ及びグリーンテープを調整変数として用い、ルールが持つ正負両面に着目し、分析を行った。
具体的には、「チームバーチャリティは、ネットワーキング行動・キャリア満足度に正の影響を与える」、「レッドテープ(グリーンテープ)は、チームバーチャリティとネットワーキング行動の正の関係を弱める(強める)」など、5つの仮説を導出し、検証した。
階層的重回帰分析の結果、チームバーチャリティがネットワーキング行動及びキャリア満足度に正の影響を与えることが示された。一方で、ネットワーキング行動による、チームバーチャリティとキャリア満足度の関係の媒介効果は確認されなかった。また、レッドテープが高い群において、チームバーチャリティがネットワーキング行動に与える影響を強めていることが示された。さらに、仮説外の検証結果として、グリーンテープの3因子のうち、ルールの合理性・論理性がキャリア満足度に正の影響を与えることが示された。
本研究における理論的意義については、主に2点挙げることができる。第一に、チームバーチャリティ研究への理論的貢献である。本研究では、これまでの多くのテレワーク研究が行っているテレワーク有無の二分法としてではなく、仮想性の程度をあらわす概念であるチームバーチャリティが、テレワーク有無とは異なるメカニズムでアウトカムへ影響を与えることを定量的に示した。チームバーチャリティ研究に対して新たな理論的な視点を提示できたと考える。第二に、レッドテープ・グリーンテープ研究への理論的貢献である。レッドテープ、グリーンテープの3因子ごとに、アウトカムへ与える影響が異なることが示された。組織のルールが形式的であるかではなく、ルールがどのように認知されているかによって、従業員の主観的なキャリア認知に与えるメカニズムが異なることが示されたことは、レッドテープ・グリーンテープ研究に対して新たな理論的な視点を提示できたと考える。
本研究は、バーチャルワークが従業員のキャリア満足度やネットワーキング行動に与える影響について、特に研究蓄積が不足している国内の地方自治体職員を分析対象とし、地方自治体組織におけるバーチャルワークがアウトカムにもたらす影響のメカニズムを定量的に解明するという点において、新たな知見を提供するものであると考える。
古屋正「変革をめぐるミドル・マネジャーの行動プロセス:個人と組織による変化の連鎖」
【要旨】
本研究の目的は、金井(1991)から現代にいたる社会的変化を踏まえ、今日的なミドル・マネジャー(以下ミドルという)が変革に取り組む行動のプロセスを明らかにすることである。
先行研究によると、ミドル・マネジャーの戦略的役割に関する研究は、創発戦略で事後的な環境適応の行動パターンとして認識されたことをルーツに、ミドルの主体的行動として次第に認識されるようになり、リーダーシップとしても研究されていった。わが国におけるミドルの研究は、知識創造の探索を発端に、ミクロとマクロの接点や管理者行動からのアプローチ(金井, 1991)へと発展したが、その後の環境変化から、ミドルのプレイヤー化、能力の低下、ミドルマネジメントを阻害する組織や環境の存在を指摘する研究が増え、ミドルの役割そのものの見直しや新たなリーダーシップのスタイルを提起するものが見られるようになった。このような動向もあり、ミドルの変革行動に関する研究は多くない。
金井(1991)以降のミドルを取り巻く環境を見てみると、現代のミドルは、非連続な組織変革を牽引する戦略的エージェントとしての役割を期待されながらも、企業のマネジメント構造が変わっていないことや自身の繁忙が原因で変革の機会が十分に得られていないものと考えられる。
金井(1991)は、トップとロワーレベルのリーダーシップ論、さらにはマクロ組織論とミクロ組織論の間で盲点となっていたミドル・マネジャー研究の存在を指摘し、因子分析により11の管理者行動を明らかにしするとともに、変革推進者としてのミドルのあるべき姿を提言した。しかし、これらは「メニュー」的であり、本研究の目的である行動プロセスとしては十分でない。そこで、イシューセリングに着目した。イシューセリングは、社会的文脈や上方への影響力に関する研究に依拠しており、相手にどのように伝えるか、他者をどのように巻き込むかといった行動やプロセスに着目し、トップの姿勢や信念構造といった心の動きも扱われている。これに加えて、「持論」に着目した。持論とは、リーダーシップについて、自分の経験や観察を通じて、人にそれを教えようと思えば教えられる、自分なりの考えや見解である。個人の省察と経験、そして実践に基づいて形成された理論を持ち込むことによって、管理者行動、イシューセリングといった公式理論に依拠しながら、実践的かつ汎用性の高い理論生成を試みる。
調査に当たっては、国内の大企業においてミドル・マネジャーとして変革の経験を持つ8名を対象に半構造化面接によるインタビュー調査を実施し、M-GTAに基づく分析をおこなった。その結果、合計43の概念、12のサブカテゴリー、4のカテゴリーが生成され、変革をめぐるミドル・マネジャーの行動プロセスモデルが生成された。
分析による発見事実は、以下6点である。(1)パッケージング、関与の動き、プロセスの動きなどに代表されるイシューセリングの行動が確認されたこと。(2)プロセスモデルを示す結果図のサブカテゴリーにおいて、客観と主観、能動と受動、戦略と非戦略、さらにはリーダーシップのPM理論のP (performance)行動とM (maintenance)行動といった対称性がみられたこと。(3)プロセスモデルにおける概念の多くが経験学習におけるプロセス(具体的経験、内省的観察、抽象的概念化、能動的実験)のいずれかに該当するとともに、全体としても経験学習プロセスを形成していることが確認されたこと。(4)プロセスモデルのうち4つのプロセス(概念)でダブルループ学習の行動が見られたこと。(5)ミドル自らが変わることで組織を変え、組織が変わることを通して自らも変わっている、つまり、個人の学習と組織の学習が同時に進行していること。(6)プレイングマネジャーになることによって、リーダーシップの提示などポジティブな効果が確認されたこと。
本研究の意義は、(1)管理者行動研究への貢献、(2)リーダーシップ研究への貢献、(3)学習研究への貢献である。実務的には、(1)企業などにおける組織能力向上への貢献、(2)人材育成への貢献、(3)ミドルのモチベーション向上への貢献が挙げられる。
課題としては、(1)本研究で得られたデータは、本人の回顧的データであるという点において、本研究で得られた知見の信頼性にはある程度の限界が伴うこと(2)本研究では変革そのものの種類や定義づけを厳密にしていないため、変革を通じたミドルの行動プロセスに幅が生じている可能性や、変革プロセスに影響を与える環境要因について十分な知見が得られていない可能性があること(3)M-GTAの構造的要因から、本研究の結果は仮説としての理論を提示しているに過ぎないことが挙げられる。
三浦廣己「部門間コンフリクトタイプの初期認識プロセスについて」
【要旨】
本研究は、企業の部署間に存在するコンフリクトについて、その発生初期段階での認識プロセスをダイアド関係にあたる2者間へのインタビューデータをもとに調査し、M-GTAにて分析を行った後にプロセスモデルとして示すものである。
コンフリクトは、それぞれの機能により、業務目的そのものに依拠したタスクコンフリクト、感情的な理由から引き起こされるリレーションシップコンフリクト、制度やルールによる制限から生じるプロセスコンフリクトの3つのタイプ(Jehn 1994)に大別される。
古典的なコンフリクト研究においては、3つのコンフリクトタイプの識別について、最終的にどのようなアプローチに通じるのかという点、つまり最終段階の成果をいかにもたらすかというコンフリクトステイト(DeChurch & Doty 2013)という見方が着目されてきた。一方で、近年のコンフリクト研究ではコンフリクトに対する動的な見方がなされている。マルチレベルでのコンフリクト発生とその発生プロセスであるコンフリクトプロセス(DeChurch & Doty 2013)に関する内容と、コンフリクトの時間的変化の概念に対する内容や、センスメイキングといったコンフリクト以外の概念との交互作用の効果についての内容の3点が古典的研究からの変化として確認された。
本研究では、こうした先行研究からのリサーチギャップとして、次の2点を提示している。まず、コンフリクト発生初期のコンフリクトタイプの形成についてのプロセスが解明されていない点である。たとえば、Maltarich et al. (2018) の研究では、初期段階のコンフリクトタイプがコンフリクトマネジメントアプローチに与える影響が述べられている。しかしながら、コンフリクト発生段階のコンフリクトタイプの認識を獲得するためのプロセスについては先行研究が確立しておらず、この点にリサーチギャップがある。次に、先行研究では時間軸を交え、グループ間のコンフリクトタイプの変遷プロセスを実証的に調査した研究は存在していない点である。特に、マルチレベルでのコンフリクト発生においてダイナミクスモデルの中核に据えられる(Cronin & Bezrukova 2019、Krueger et al. 2022)とされるセンスメイキングを獲得し、コンフリクトタイプの認識に至るプロセスが十分に解明されているとは言えなかった。
これらのリサーチギャップより、「部門間のコンフリクトタイプはどのようなプロセスを辿って認識されるのか?」というリサーチクエスチョンを提示し、インタビュー調査を実施した。調査にあたっては、企業内のバリューチェーン上においてコンフリクトを認識するダイアド関係の上流・下流工程10ユニット、合計19名に対しインタビューを実施、得られたデータについてM-GTAで分析を行った。この結果、上流・下流工程合わせて42の概念、23のサブカテゴリー、14のカテゴリーが導出され、これらをコンフリクトタイプの決定とアプローチに至るまでの過程として5ステージごとにマッピングしたプロセスモデルを構築した。
分析による発見事実としては、次の5点が指摘できる。第1に、プロセスモデルを構成する最初のステージである伝播の段階で、上流工程においても下流工程においても第三者からの知覚による想定が起きている点である。第2に、プロセスモデルの第二・第三ステージにおいて、双方からの言葉や行動をどのように認識するか、もしくは認識されるような言動となっているかを意識している点である。第3に、プロセスモデルの第三ステージまででコンフリクトが一時的に決定されていることから、コンフリクトの動的な変容が初期認識段階からすでに起きていたことが見出される点である。第4に、プロセスモデルにおいてコンフリクトタイプが形成される第四・第五ステージにおいて、コンフリクトの形成過程におけるセンスメイキングをプロセスとして捉えられる点である。第5に、上流工程のみに他己の力を借りる段階が存在する点である。
以上のことより、理論的な意義として4点を見出した。第1に、プロセスモデル自体がグループ間でのコンフリクトタイプがそもそもどのように認識に至るまでの過程の説明がされるかをダイアド関係での対象双方から読み解いた適合モデルとなった点である。第2に、コンフリクトステイトとコンフリクトプロセスの双方からプロセスモデルを提示した点である。第3に、コンフリクトタイプの時間的変容とそれに向けた重要なファクターであるセンスメイキングを捉えることができた点である。第4に、コンフリクトタイプの伝播を捉えることができた点である。
以上を踏まえた本研究の課題としては、ダイアド関係のコンフリクトステイトに対する認識の違いの要因を解明するには至らなかったことと、プロセスモデルではダイアドからグループへのコンフリクトの変容を十分には説明ができていないこと、プロセスモデルの最初のステージである伝播が引き起こされる背景についてより精緻化させる必要性があることの3点が指摘できる。